許認可を受けられない高齢者住宅。
築50年近くになろうかと思われる建物の二階で、
生活保護費の範囲で全てを賄われているご夫婦がいらっしゃいました。
今までは近くの病院に通うことができたのですが、
旦那さんが肺癌の診断を受けられ、当院の訪問診療を利用されました。
奥さんも認知症があります。
ここの高齢者住宅は、家族の支援という意味でも経済的にも、
いわゆる介護難民と言われる方々を受け入れている住宅です。
ハード面では決して充分だとは言えないのかもしれませんが、
施設の管理者さんが一生懸命に入居者さんの世話をされており、
美味しいごはんを作ったり、お風呂にもきれいに入れて下さいます。
他にどこにも行くあてがなく、社会にとっては必要な役割です。
そんな施設へ、自宅で生活を続けるために往診に入りました。
おふたりはとても仲むつまじいおふたりで、
いつもひとつのベッドに一緒に寝られていました。
おそらく長い間そうしていらっしゃったんでしょうか、そんなお部屋に伺います。
そこに普段と変わらない生活があります。
病状が進むに連れて日に日に呼吸の苦しさと胸の痛みが強くなっていきます。
身元を引き受けてくれる家族がおらず、
受け入れてもらえる病院がなかなか見つからず、
普段は注射や薬のことを分かっている人がいない環境で、
痛み止めの麻薬を24時間投与するための持続注射を行います。
毎日、当院の看護師さんが伺って、薬の管理をしてくださいます。
本人のお話しを傾聴しながら、ご夫婦の不安を和らげてくれます。
一生懸命介護をされている管理者さんの不安も、和らげてくれます。
すると、体調が悪くなれば入院してもらおうとおっしゃっていた管理者さんから、
ここで最期まで過ごさせてあげられないかと相談がありました。
ご本人だって、ここのベッドで過ごしたい気持ちは当然です。
毎日、病状が変わっていく様子を見ていて、
毎日、看護師さんにそれに寄り添って話を聞いてもらっていると、
最期はどうなるんだろうという不安は小さくなっていったみたいです。
もう、口から食べ物を召し上がることができなくなっても、いつもの生活はいつも通りにそこにありました。
闘病は冬に始まりましたが、
気が付くと春がとっくに訪れ、
桜のたよりもぽちぽちと聞かれるようになりました。
そよ風は暖かくご夫婦を包んでくれます。
桜の咲く夜に、いつもと同じベッドの上で旦那さんは息を引き取られました。
おふたりには、このおうちしかなかったんです。
ここには、他にも独居難民となり火の元の管理ができずに行く先がなく、
福祉に関わる担当者さんが困っていらっしゃった、
患者さんが何人かお世話になっています。
ひとり暮らしなどの高齢の方が世の中に増えたことで、
日本中にさまざまな形の住宅が増えてきました。
高級ホテルと見間違えてしまうような立派な住宅から、
条例で定められている半分公的な特別養護老人ホームまで
今は「施設」とひとくくりにすることは難しくなっています。
毎月の家賃や介護費用を賄うことができない、
けれども公的なサービスを充分に受けられるほど要介護度が高くない、
令和の時代に入った今でもそのような方がたくさんいらっしゃいます。